エヒメアヤメのロング&ワインディング・ロード
3月下旬~4月中旬、西日本で咲くエヒメアヤメ(Iris rossii)という可愛らしい花があります。
天然記念物に指定されるこの植物は草丈10センチそこそこ、青紫色の花を咲かせます。高知県立牧野植物園によると、和名エヒメアヤメは1899(明治32)年、愛媛県で採取された標本をもとに牧野富太郎博士が命名したそうです。
エヒメアヤメには面白いショートストーリーがあります。
日本の自生地は山口県や広島県、岡山県をはじめ、愛媛県、福岡県、佐賀県、宮崎県、熊本県、大分県など。一方、本来は中国大陸に広く分布することから、 日本は分布の南限とされます。興味深いのはここからです。
エヒメアヤメはアリ散布植物といって、風や動物を利用するのではなく、アリにタネを運ばせて分布域を広げます。しかし、アリがタネを運ぶ距離はわずかです。海を泳ぎ渡ることもできません。それなのに中国大陸に分布する植物が日本にも自生しているのはなぜ!?
エヒメアヤメは遥かに遠い昔の氷河期、日本列島が大陸と陸続きになっていたことを物語る花だったのです。この花は長くて険しい道を歩んできたのでした。
自生地の一つ、山口県防府市西浦では地元の保存会の人々によって草刈り作業が行われるなど、自生地が大切に保護され管理されてきました。開花が見込まれる4月4日(土)~13日(月)、自生地の公開が予定され、日当たりのよい草地のところどころに咲く青紫色の花を見ることができます。
各地のエヒメアヤメ自生地は必ずしもすべて公開されてはいません。 しかし、この小さな花が地球史を見つめる窓になるということを考えるとき、植物生活のもう一つのロマンを感じずにはいられません。
写真提供:山口県防府市教育委員会
(元『趣味の園芸』編集長 原田)
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【園芸LOVE 原田が行く】は、「みんなの趣味の園芸」スタッフであり『趣味の園芸』テキスト元編集長の原田による園芸エッセイです。