【 新・多肉コミュ 】 トピック一覧

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1~8件を表示

タマにゃ水苔で植え付けてみたら?2017/12/16

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ご存知だろうが 一部の多肉植物は水苔で栽培できる

それも 一般に想像されておるより多肉植物は意外に良好に育つ

但しこれは砂や土での栽培とは 植え付けにしろ水遣りにしろ 全てが感覚的に違うのである程度コツを飲み込んでから掛からないと失敗する


しかし植物の種類によっては 土による栽培より成績が好く 一度味を占めるとやめられなくなる

だが多分こんなことを書いても 殆んどの多肉愛好家は試そうとはしないに違いない

頭の中でいろいろ想像はしてみても 結局今のままが一番良いという結論に辿り着く


一般に多肉植物愛好家は 小生も含めて こと栽培法や植物に関する考え方が 極めて臆病で 保守・排他的である

法廷の尋問のように厳密な根拠を追及されると困るが 小生なりの対人経験からそう思う

実生活において 世間が眼を剥くような冒険的な行動をする人でも 多肉園芸に関しては あたかも信仰に敬虔な牧師の如く 過去の慣習・教えに忠実に栽培を行う


若い命を賭けバイクで暴走したり 見ず知らずのオッサンと密室で自由恋愛をするような度胸のある者が こと新しい栽培法を試すことに対しては すこぶる恐怖を覚えるようだ

高級ブランドやパチンコ軍資金に躊躇なく何万円も注ぎ込む有閑主婦が 高々数千円の植物の栽培に失敗じることに まるで狼に出会った子羊のように恐れおののく

不思議なことに彼らは このような矛盾撞着には自ら気付こうともしない

まずこれらの方々は 「植物は土に生えてる」という先入観が先に来る

植物たる者すべからくそうあらねばならぬと 観念的に妄信して なんら自らを省みない

もちろん着生植物や浮き草の存在くらいは知っておるが そんなものはごく特殊な植物で自分の趣味には「そんなの関係ねぇ おぱぴ」と思っている

蘭 万年青の表土に敷かれてるのを見ても 乾燥を防ぐだけの目的でそうしているのだと勝手に納得し 水苔自体を培養土の代わりに使用してるなどとは夢にも思わない

ブログで「多肉植物に対する情熱だけは誰にも負けない」と広言して憚らぬ自称愛好家が 初心の頃買った只一冊の解説書の記述を 何の疑問も持たず 十年一日の如く墨守する

何の検証もなく自分の栽培法だけは絶対正しいという信念だけは それこそ誰にも負けない


憎まれ口はさて置き 水苔の講釈に戻ると...

水苔は蘚苔類という分類に属するコケ植物の一種で 他の高等植物と違って茎 葉 根の区別が明確でなく 気孔や根ではなく体表面で直接水分を出し入れしてるので あまり

乾燥した環境は苦手で 一般にジメジメした場所に生えてるのは周知の通りである

淡水魚飼育でお馴染みのアナカリス(大カナダ藻)のように 蔓性の繊維が長く伸びて一尺以上にも達する

今は国産のものは入手し難く 乾燥して売られてるものはニュージーランドやチリからの舶来もので 繊維の長さによりAA~AAAA級というようにグレード分けされている

細胞表面はスポンジ状で水を含み栄養素の移動が容易で 水素イオンと他の微量元素とをイオン交換するので これで植え込むと鉢内はかなりの酸性を示す

水苔が長年月堆積した産物であるピートモスが 腐らずに現在みるような繊維で残ったのは この酸性の為せる所以である

「強い酸性度」などと云うと またぞろ無益な心配をする栽培家が大勢おられるだろうが その必要は全くないことを 念を押しておく

繰り返すが 多肉植物は土壌の酸性の領域には広い許容範囲を示すが アルカリ性方向にほんの少し針が振れただけでも ホウ素欠乏などの生育障害を引き起こす可能性が生じる

まして今の水道水は弱アルカリ性を示す場合が多い

灌水によってさらにアルカリ性を増長する可能性も出てくる

多肉栽培は 他の植物に比べ用土を乾燥させるので なおさらである

まぁ悪いことは云わない 用土は弱酸性のものにした方がよい

酸性が強いといっても 蘭 万年青 食虫植物などの幼苗の根を 直接くるんで育てていて何ら支障がないのだ  なんの恐れることがあるものか   

もういい加減 「酸性恐怖症」を克服した方がよいぞえ  皆の衆



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超・地味ハオルチア2017/10/15
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シブいでしょう・・・。

これが噂のコエルマニオルム haworthia.koelmaniorum
             (写真1・2)


最近のタニッキー(多肉女子)にはあまり人気がないようです。

「肌のブツブツが爬虫類っぽくてキモい 」

「色が暗めで可愛くない 」

まぁたしかに、そう感じるのは解る気がするけどね。

でも本来、多肉趣味の輩は「変わった物」「珍奇な植物」が好きでこの世界に入ったんじゃないんですか。
「キモかわいい」と母性をくすぐるんじゃね?

そりゃぁ多肉の中にゃ少々グロテスクな外観の物もあります。

しかしこの面構えこそがコイツらの生きて来た環境にふさわしい。


想像してください。


            ◇



南アの岩のゴロゴロした荒野

奇妙な形に屹立した磐山の亀裂に生える灌木

乾季の真っただ中なのだろう にぶい光が降り注ぐ薄曇りの空へ葉のない弱々しい枝が力なく伸びる

その根元には イバラのように枯れ枝が絡みつく


眼を凝らしてその中心を透かし視ると 暗緑色の塊りが灰色の土にめり込んだままうずくまっている

その黒いロゼットはザラザラの葉が伸び悩むようにらせん状に開いている


鉛色の空には まるでスリガラスの向こうの電灯のように鈍い光を放つ太陽が浮かんでる

時折り乾いた風が土ぼこりを巻き上げながら 猛々しいサイの群れのように荒々しく駆け抜けてゆく


寂寞たる大地に 身を隠すように伏せ過ぎ去る日々

やがて訪れる雨季をじっと待ちながら



            

            ◇




コエルは肌色も地味で昔から鑑賞という点で人気がない。

その肌上の突起も多くのマニアに敬遠されて来た。

でも錦帯橋(H. venosa × H. koelmaniorum)をはじめいろんな交配種の親株として採用されて来たのはなぜだろう。


そだレポにも書いたウチのスーパーストリエルも(H.リミフォリア=ギガンティア×コエルマニオルム)×H.リミフォリア=ストリアータ
という系譜なのだ。

成長するとこんな風になる。(写真3枚目)

開花が頻繁でほかの種との交配の機会に恵まれやすいってのもあるのか?

こうして机の上に置いて眺めていると格別の魅力に気付かされる。

濃ゆい緑の窓に微かな透明感。

あくまでも控え目な草姿に、ずっしりと秘めた頑固さを漂わせてじっと蹲る姿は、ある種の生命のしたたかさを漂わせている。


この、渋い味わいのH.コエルマニオルム

褐色葉 ロゼット径15cm程度 南アフリカ共和国トランスバール州原産。

日焼けし易く、赤みを帯びた暗褐色を呈する。
そこが良いというマニアはわざと直射日光に晒して育てるようだが、ただでさえ成長の遅いコエル、こじれさせるとなかなか新葉の展開をしなくなる。

私はそういう栽培はしない。

やはり遮光を強くして黒に近いような艶のある暗緑色の肌に細かい棘突起の縦列を楽しみたい。

この色を見るに、親からこの掻き仔をはずして売りに出した元のオーナーも、親株を遮光の強い栽培環境(半日蔭)で育てて来たと推測できる。


盛夏にゃわずかに休眠期に入るようだ。

高温になる日中は通風を十分にして、夜から明け方にかけての涼しい時間帯には、周囲に散水するなり 鉢土にシリンジするなりして空中湿度を高めてやりたい。

これは、とりもなおさず原産地の夜明け前の霧を再現しているにほかならない。

ガステリア類もそうだが、ハオルチア属は土中の水分よりも葉の周囲の湿度が高いのを好む。

さらにその上で微風が吹いてる環境を欲するというから、日本の太平洋沿岸や瀬戸内ベルト地帯でそれを作り出すのは骨が折れる。

そもそもが、蒸し暑い日本の夏は南アの気候とは温度・湿度ともに掛け離れている。

南半球に位置してるのもそうだし、緯度の上からも、雨季乾季がはっきりしてる事も我が国とは異質な気候となる要因。

それと、沙漠・砂漠と云うが、サハラのような流砂の何もない荒野とは違って、少ないながら雑草も生え灌木もあちらこちらにかたまって叢生し、ハオルチアはそういう草むらの陰や岩の隙間に挟まって自生してる。

とうぜん日射量も限られていて、沙漠とは云いながら意外と昼夜の寒暖差が小さいらしい(寒暖差10℃以内)

南北アメリカ大陸原産のサボテンやエケベリア、アガベ類とは根本的に環境が違うという事を頭に置いて栽培しなければならないと思う。


だがそういう難しさをクリアしながら、それでも新緑色の新しい葉が出て来る様子はうれしいもの。


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和風ハオルチア・スプレンデンス2017/10/01
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「ハオルチアって南アフリカ産じゃないの?」

いや、それはそうなんですがね、私の言ってるのは日本原産っていう意味じゃなく、草姿やその柄の事。

今や多肉植物趣味の分野でも大きなジャンルを占めるハオルチア属。

私がサボテン・多肉を本格的に栽培し始めた頃はユリ科という事だったが今はツルボラン科?

何スか? ツルボランって。知らねぇなぁ。


ま、とにかくハオルチア。

たくさん種類がありますが、和柄ということならどれも和柄に見えない事はない。
江戸小紋の柄にありそうじゃないですか。

たとえば無窓系(この言い方も古い)の有名な「十二の巻」

和名のせいかも知れないが、和柄にあのような柄は珍しいにもかかわらずなんとなく「和」を感じるのは私だけですかね?
デザインの部分部分じゃなく全体の雰囲気としてですよ。

近縁種の「松の雪」や「冬の星座」なんかも和を感じますね、あたしゃ。

これら無窓系(硬葉系)はどちらかというとあまり派手さはなく、なんとなく冷たい感じのするのに対し、どこかホンワカとした温かみを感じる有窓系(軟葉系)の寿・玉扇・万象・宝草・竜鱗など、華やかな和風を感じさせる優品が目白押し。

その中でもこのH.スプレンデンス。

(日焼けさせてなきゃ)若緑色の中に入った金スジが金襴緞子の布地を思わせる、そういう華やかな和風がこの葉に込められてる気がする。

ラテン語の学名スプレンデンスは「光り輝く」って意味だそうだ。
葉に入ったストライプ状の金色のライン(条理)はまさにそんな感じ。

それと、サボ・タニ業界で云う「ダルマ」型。
こじんまりと容姿がまとまって端正なドーム状に育つ。

園芸作出品として見た場合、最上の型ですよね。

もちろんそれは徒長させるようなヘタくそな栽培者じゃないのが条件だけどね。


思えば、昔はこういうのはなかった。

いや、どっかにあったのかも知れないが一般にはお目に掛かれなかった。

昭和から平成にかかる頃のいろいろな種類が紹介される中、図鑑にピクタの一種類と書かれてあったり、種名そのままに「デケナヒー・アルゲンテオマクローサ Haworthia dekenahii var. argenteo-maculosa」として載ってたりしてたのを覚えてる。

「マニフィカ・スプレンデンス」と呼ばれるようになったのは比較的最近のこと。
ちなみに、magnifica var. splendens と書くが、magnifica のgは発音しないから「マグニフィカ」と呼ぶのは間違い。
意味は「素晴らしい」とか「見事」という意味のラテン語。

最初こいつを見た時、一瞬ピクタかコンプトの変種かと思ったが、全体の雰囲気というか漂う華やかさが他の有窓系とはどことなく違う。

「ほぉ~、こいつぁいいな」と内心思ったが、そこがおじさんの保守的なところ、馴染みのない種類はすぐに探しまわる気も起らずここ最近まで手に入れなかった。

いや、手に入れたくてもコイツ結構高価なんですよぉ。

ネットオークションを見てても1万円超えなんてのはザラ、池袋の某百貨店屋上へ見に行ったらちょっと見映えのするのになると2~3万もするんだ。

私のような貧乏栽培家に2万・3万は出し切れない。いや持ってりゃ出してもいいが、その後の女房の攻撃に耐え抜く自信がない。

そんなこんなで気にはなっても無意識にスルーしてここ数年、他のサボテン・多肉にかまけていたんだが、ある夜ネットオークションをパトロールしてると、果たしてこのスプレンデンスが目に留まった。

それはまるで反社会勢力構成員の情婦のように、手を出すのが命懸けの「禁断の木の実」に似て、妖しいまでの魅惑を醸し出して私を誘って来た。
(おい、おい、川上宗薫の世界かよ)

しかし、入手を決意したけど どれもこれもとんでもない値段で競り落とされてゆく。

最初は千円スタートで謙虚にリストに並んでいるが、オークション終盤、あと数分となるとドカドカっと入札が投下、あっという間に1万・1万5千を突破してゆく。

「ダミだ、こりゃ」

日々の晩酌の肴の何百円・何十円差の値段に気を遣う哀れな亭主にはとても手が出ない。
多肉ブームが去ってゆくのを気長く待つか、しかしそれじゃこちとらの寿命が尽きてしまう。

戦後の欠食児童のように指をくわえて見てる日が続いた中、ある夜酔っ払った勢いで冷やかし半分で入札してみた。

それは1枚目の写真のH.スプレンデンス。

1,500円から始まって2,000、2500、3,000円と競ってゆく。
ライバルは私が入札すると間髪を入れず100円を上乗せして入札して来る。

「あ~あ、このサイトのマニアに対抗するなんてしょせん無理だったんだ」

そう自分へ言い聞かせてあきらめようとした時、3,300円を過ぎた頃なんだか競りの相手の勢いが落ちた気がした。
あの闘争心むき出しの入札が途切れ途切れになって来た。

「はは~ん、こいつひょっとしてオレとおんなじで予算不足か?」

そう思って思い切って¥4,000を投入(いい歳のオッサンがセコいね)、相手の(ってか私の)自動入札が¥3,700でピタッととまった。

制限時間が刻一刻と迫る。

最後にあがくかと思ったが予定終了時間を20分オーバーしたところで私の勝利。
BITマークが消えずオークション終了。

ってことで、レベルの低いビンボー競りはついに私の側に軍配が挙がった。


2枚目の写真は、おそろしくすんなり落札。
それもなんと¥1,700で入手。

比べて見てもらえば判りますが、1枚目の¥3,700の奴より優美で女性的。

なんでそんなに安く競り落とせたか今だに不思議。

終了予定時間は日曜日の午後9時。

ふつうなら日曜なんてみんな夕食を終えてくつろいでネットオークションを物色してそうな時間帯。

1,000円スタートの品だが写真から見るとヘタすっと2万円くらい行きそうな美株。

また柳の下のどぜうじゃないけど、酔っ払った勢いで入札。

しかし、写真にウソがなけりゃ見れば見るほど優美な完品、こりゃとても落札は不可能とあきらめようとした時、ライバルの対抗入札がとまった。

おや、なんでだ? 出品者の過去の評価には一点の曇りもないし、発送方法も抜き苗や鉢ごとの選択もできる。

日曜の、ある意味入札のゴールデンタイムにエアポケットに入ったように他の入札者も現れない。

「いったい、何が起こったんだ?」

焼酎のコップを片手にいぶかってるうちにオークション終了。まるでキツネに摘ままれた感じ。

ってことで、藤井四段じゃないけど「僥倖」の故あって入手したのが2枚目の写真。

どぉですか?みなさん。たったの¥1,700で買える株に見えましょうや?

オークションは時にこういう奇跡的(ちとオーバーか)な事が起きるんですよ。
だからやめらんねぇや。


いい歳してみみっちい話で汗顔の至りです。

お後がよろしいようで。



(3枚目の写真は、スプレンデンスの自生写真,南アの原産地の一コマ。暗めの場所なのがよくわかる。
しかし、日焼けして萎縮してるようなので、季節によりかなりの強光線を浴びてるようだ。)


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遮光には気を遣うべし2017/09/18
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寒冷紗は かなり値が張る


ゆえに小生 百円ショップにある烏除けのゴミネットで間に合わせておる

一枚当たりの面積は狭いが それがかえって便利なのだ


狭いフレームの中は 強い遮光を必要とする物とそうでない物が並んでいる

強光を嫌う物には 何枚も重ねて使用している  つまり鉢単位で微調整が利く

高価な寒冷紗では 鋏を入れるのに勇気が要る 貧乏人の習性であろう


この秋晴れの時季 大気が澄みきって日差しは相当強烈である

「半日陰」を好む物は勿論 そうでない物でも植え替え直後は遮光が不可欠

いきなり強光に曝しては たとえ日焼けせぬにしても 外見に顕れぬ消耗が生じる場合もある

 
途中で曇ってきた時は 遮光を外してやらないと徒長・間伸びする

半日やそこらでは大差ないが 数日~1週間以上になると影響が出る なにせ九月は生育季の出鼻

秋の深まるのは速い 1日でも疎かにしたくないもの  「秋の日は 釣瓶落とし」と云うではないか

ウカウカしておると 気温の下降とともに すぐに根の活動が低下する


だがそうは云っても 宮仕えの人々は日中留守にするので そんな小まめな管理は無理であろう

遮光をしたまま出勤する以外にない カミさんなどは当てにならぬ


小生 自営で仕事がある以外手が空いておるので 恵まれてるというべきであろう

暇なこの身の境遇に感謝 といったところである



いきなり各論を述べるようだが ユリ科の遮光について


アロエ属の大型に育つ種は概ね遮光は少なくてよいが 中・小型種に強光を嫌う物が多い

千代田錦 綾錦 帝王錦やアルビフローラ ハウォルチオイデスなどは 次記のハウォルチアに準じて

遮光した方が無難であろう

経験で云うと ソマリエンシスは全体的に赤く日焼けしやすい



ハウォルチア属では 有窓系は無窓系のものより遮光を少なめにするべきである

間伸びしたハウォルチアほど見苦しいものはないので 比較的強めの軟光線を用いたい



ガステリア属は 前記のものより日焼けしやすいので やや遮光を増した方が良いであろう

この時季の快晴日と 早春の小型のフレーム・温室は日焼けの危険があるので ゆめ油断は禁物

真夏は誰しも遮光は怠らないが 涼しくなるとせっかちに強光に当てる者が出てくるし たとえ早春でも

意外とフレーム内は高温となる 人体の感じ方とはまるで違うのである 


炎の塔・へレイなどアストロロバ属の物は ガステリアよりもっと日焼けしやすいので注意したい



大雑把に云うと どの属も 南ア・ケープ州産やマダガスカル産の中・小型種は 気を付けたが良い


なお小生は直射光の信者なので 晴れた日はガラス・ビニールは外し ネットのみで陽光に当てている

よく解らぬが 光の波長を変化させない方が 植物にとって良いような気がしてならぬ




                  ◇




写真は 約30年前 池袋・西武の屋上で買ったハウォルチア・「黒ピクタ」


直径は購入時と全く変わらず 何の変哲もない地味なものだが これはこれで それなりに味がある

斑入り・変わり模様など高級品のコレクターは嘲笑うかも知れぬが 小生結構気に入っておる


まぁ なにせ付き合いが長いので 特別な愛着もまた 湧いて来ようというものである





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すべては自由だ2017/09/10
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「納得の行く出来映え」と小生は序文の最後で記した


そんなものは個人々々の美意識で、価値基準を定めること自体意味がなかろうと反論する向きもあるだろう


日本国内で繁殖育成されている多肉植物は原産地のそれに比較してはるかにみずみずしく美しい


それは当然のことで、自生地では植物体は強光風雨に晒され、虫に齧られようが、樹々・木の葉に覆われようが護ってくれる者は居ない

砂嵐で砂礫が飛んできたり旱魃が長期間続きせっかく張った細根が全滅することも現地では再々あるであろう


昔 輸入された多肉植物の肌を見てみると数々の傷があった

遠い距離を輸送されてくるのでそのとき付いた傷もあるだろうが、明らかに現地で出来たと思われる古くて深いものも散見されたもの


程度にもよろうが、それをば野生の風格とみるかマイナス要素とみるか、である


良心的な輸入販売業者のカタログには『キズ大あり』『整形前古傷有』という注釈がよく記載されていたものである


営利業者といわゆるマニアと呼ばれる収集家の美意識が相違することもあるだろう 

骨董品・服飾などと違って多肉植物はあくまで生物、呼吸・新陳代謝し成長もする

ケースに入れてホルマリンでも放り込んどけばそれで大丈夫というものではない


であるからこそ購入時点より立派に育てるか、見るも無惨な株に成り果てるかは栽培者の理念・手腕・努力の継続にかかっていると云える


そのとき描く将来像によってそれぞれ栽培法の道筋が分かれるだろう


出来る限り強光にあて、通風に留意し灌水を控え目にして、小さく堅作りに育てるか

温室で蒸し作りにして植物体を究極まで肥大させ一般的な見映えを良くするか


云うまでもなく、自生地の環境に近いのは前者である


繰り返すが、それは所有者個人の自由であり、他人の価値観に左右されるべきではない


インテリアの一部と割り切って部屋に飾り、徒長させたり葉枯れ落葉させたとしても非難される筋合いのものではない筈である
 
 
ただ理屈は別として、このような植物を見掛けると小生などは胸が痛むのも事実だ


ちゃんと水をやれとか、胴切りして株を更新した方がいいだとか、腹中では思っても最近は口にしない事にしている


どうせそういう所有者は栽培法の研究など論外なのであろう

金儲けや他の遊びに忙しく、鉢植えなぞに構ってはいられないに違いない

 
もの云えば 唇さむし である


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蒐集欲を煽るだけの栽培書2017/09/03
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多肉植物栽培の初心者の切なる願いは「最善の栽培のノウハウ」披露であろう。

もっとも、そんなものが簡単に判れば苦労はないが、市販の栽培の解説書やオールドファンの口伝は根拠があやふやであったり、先達からの又聞き孫引きの類(たぐい)という場合がままある。

どうせ紹介するなら厳正な「実験栽培」を行った人の声を紹介すべきであろう。
曖昧な推測による「当てずっぽう」ではいかにも情けない。

勿論この世に完璧な栽培法など存在しないといえばそれまでだが、少なくもその時点での科学的に最良と信じるものを発表すべきではないだろうか。

これらの書籍を見ていて感じるのは、初心者に不親切で配慮に欠けると云うことである。

子供時代に朝顔を作ったぐらいの経験しかない「ズブの素人」に、いきなり四季の管理法をみせても戸惑うばかりであろう。

ハンドブック・図鑑も似たようなもので、品種の紹介ばかりで読者の収集欲を煽ることには熱心だが、ほんの基礎から手取り足取りして教えている解説書は少ないと云わざるを得ない。

昨今は各地のホームセンターへでも行けば多肉の苗はいくらでも手に入る。

周知の通り、その中に難物と云われている物も多数紛れ込んでいる。

園芸の初心者がどんどん買い集めても栽培の難しい種を枯らせてしまうのは目に見えている。

それでいいのだ、枯らす経験も大切、安売りされてる普及種は大量生産されているから消耗品として扱うのもやむを得ない、という姿勢では真の愛好家とは云えないと思う。

事は生き物の命に関わる問題、いやしくもナチュラリスト・栽培家を自負するならば、ベテラン・経験者は初心者への啓蒙を怠ってはいけないと思う。

それが不運にも枯れ、死んでゆく植物たちへの鎮魂となるであろう。

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うちのデカい臥牛2017/08/27
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いつ頃からウチのフレームに居るのだろう?

そうね、少なくとも十七年は経ってるな。
ミレニアムの騒ぎの頃だったよ 買って来たの。


ガステリア属 臥牛(がぎゅう); 写真1枚目

戦前からサボテンに交じって栽培されて来た種。
どこか万年青(おもと)や東洋蘭にも通ずる渋い味わいの多肉。

多肉フアンにゃ周知の有名種だけど、サボテン多肉栽培初心者にゃ、めずらしい物かも知れない。

その草姿のシブさから、私のような多肉オールドファンに根強い人気があるけど、ここ最近爆発的に増えたいわゆる「多肉女子(タニッキー)」にキモ~いとか言われそう。

昔から臥牛にゃいろんなタイプが作り出されてるけど、原産地の南アフリカの自生する様子(写真2枚目)を見るに、どうやらウチのデカ臥牛はオーソドックスな原種に近い種だと思われる。

他にも、白点のびっしりついた「スノーホワイト」って銘の入った小型の臥牛もおりますが(写真3枚目)、私などはやっぱ昔のタイプの臥牛に親しみが湧くねぇ。

栽培は、いかめしい面構えの割りにゃまぁまぁ丈夫なので安心して育てられるけど、ポイントは直射日光を当てると日焼けを起し肌色が赤茶けて成長を停止しちゃうから周年遮光は欠かせない。

よく多肉栽培ブログで赤紫色に日焼けして葉まで萎縮した臥牛の写真をUPしてるのを見かけるが、あれは寒さで「紅葉」してるんじゃなく、祖先が原産地じゃ遭遇した事のない強光線や寒気に晒されて生育を止めた姿。
いわば仮死状態になって休眠してるのでござるよ。

仮にそんなところへジャブジャブ灌水(水やり)してごらんなさい、鉢にもよるだろうけど用土はなかなか乾かずいつも過湿状態。
早晩根元から腐って来るのは必然。
いくらガステリア属が丈夫だとは云え、あくまでも乾燥地帯に自生する多肉植物、そんな剛健な観葉植物のような栽培では枯らせてしまうのは当然。

私はもともと若い頃に東洋蘭に凝りまくって、引っ越しを契機に栽培・コレクションに挫折し、「管理に手抜き出来る」という不純な動機からサボテン・多肉へ転向した者。

けしからん男だが、蘭の栽培で培ったノウハウは多肉植物栽培に大いに役立った。

とくに、半日蔭・水はけ・高気湿・通風という栽培環境が似通ってるハオルチア・ガステリア類の管理にどれだけ役立ったか知れない。

               ※

ここで『半日蔭』についてひと言追記しておきます。
半日蔭は日陰とはちがいます。
日陰ですと反射光しか葉に当らないので、苔・蘭・万年青はともかく多肉植物では必ず徒長して弱々しい姿になります。
多肉の場合、半日蔭とは適度に遮光された軟光線の降り注ぐ環境を指します。
寒冷紗・ネット・防虫繊維・和紙・・・最大はスダレで遮光した明るい軟光線、これでないと少なくとも多肉と名の付く植物は十分に光合成を行えません。
ガステリアの場合は盛夏には50%が目安で秋の深まりと共に徐々に減らしてゆきます(パーセンテイジは種類によっても左右されます)
早春の場合はその逆です。

温室・フレーム内では早春に意外とハオ・ガステの日焼け事故が起こります。
それは、寒さを気にするあまり通風をしない状態で遮光の少ない光線を浴びさせた結果です。
ハオルチア・ガステリアの場合、種類にもよりますが、冬場と云えども遮光に気は抜けません。
念のため申し上げました。

                ※

それで、写真1枚目の臥牛。

葉渡り15cmに近い葉の展開、この種にしては大型。

巷間 マニアの間では小型のずんぐりしたいわゆる「ダルマ型」や肌がザラザラしたタイプがもてはやされ、かなり高額な値段で売り買いされているようだが、こういう戦前からの古いタイプの臥牛もなかなか見応えがあっていいものです。我田引水ですかね。

写真3のような白点タイプや班の入った「臥牛錦」もたしかに見映えがしますが、こういうオーソドックスタイプも誰かが繁殖・系統維持しなきゃ種の多様化がなくなってしまう。

このデカ臥牛を眺めながら、そんな気負った気持ちを抱きつつ「多肉な日々」をおくるオヤジでありまする。


くだらない持ち物自慢でした 🙇


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路地裏のサボテンたち2017/08/13
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昔は、園芸と云うものは「年寄りの道楽」とされた。

小生の子供の頃に育った東京の下町は、昭和30年代には細い路地が網の目のように入り組み、間口1間というような小規模住宅が所狭しと林立し、とうぜんアスファルト舗装などはなく土がむき出しの江戸時代から踏み固められた小径(こみち)で、湿気とカビ臭い独特の匂いが漂う中を走り回って遊んだ記憶がなつかしく思い出される。

どの家もタダでさえ狭い玄関の脇に何段にも設えた鉢置き棚(今風に云うとフラワースタンド)を立てて、各々好みの鉢植えを並べていた。

それも園芸店などで買った物などほとんどなく、近所や知り合いからもらって来た草木。

入谷の朝顔市や浅草寺のほおずき市で買って来た鉢物もあるにはあったが、昔の庶民は倹約家が多くその日暮らしの職人や貧しい家庭などは植木にカネを使うなど贅沢と考えた。

それでもどんな階層の人も緑のある生活に心の癒しを求める心情はいつの時代も同じ、鉢物を家に飾り生活に潤いを与えようとした。


鉢だってアサガオ鉢(駄温鉢)なら上等な方で、トマトの業務用缶詰の空き缶・欠けた火鉢・町工場からもらって来た一斗缶・腐れかかったリンゴ箱など、玄関の出入りにジャマだろうに家の周りにびっしりと並べてる風景があった。

ひどいのになると割れた七輪を針金で巻き中に空き地のゴミ土を入れてヤツデやアオキなど日陰でも育つ木を植えて立派に育ててる家もあった。
横壁に棚を作り、万年青(おもと)・イワヒバ・軒シノブ・種々の盆栽を置いてる家もたくさんあった。

現代のようにホームセンターなどない時代の話、物もカネもない庶民は生活に追われる中でもいろいろな工夫をして園芸を楽しんでいたのだよ。

中にゃ猫の額ほどの中庭を持つ家もあったが、板塀で隣の土地との境界線を仕切ってあり、板の端を前後に張り目隠しと同時に通風を図る大和張り(やまとばり)と称する種類の塀が多かったように記憶してる。

その板塀にゃくせぇ防腐剤を塗ってあるのだが、数年も放っとくと板が腐って割れ、猫や犬が出入りしたり通行人や近所の住民が近道に通り抜けたりする。

今だと「住居侵入」で通報されるが、あの当時の東京っ子はそんな野暮なマネはしねぇ。

いや、仮に通報したくったって電話がねぇから交番へ走ってくしかないが、そうしてるうちに通行人はいなくなる。

「お前ぇさん誰だい? 通り抜けはいいんだがよぉ、花ぁ踏まねぇようにしちくれよ」

大抵はこんな風に穏やかに声をかけ 通行は大目に見たものだ。

のどかな下町の「三丁目の夕日」の時代。

あんな人情あふれる風景はもう永遠にかえって来ねぇだろうねぇ。


どの家も屋根の上に物干し場があって足元に鉢を並べたりしていたが、サボテン多肉などの雨ざらしが憚られる鉢植えは軒下に棚を作って並べる。

屋根だって低所得層(昔は貧乏人と云った)の家が多かったから、甍(いらか)は最小限の張り出しに留めてるので少し風交じりの雨が降りゃぁ陽さしの恩恵にあずかれず雨ざらしとなんら変わらない置き場、狭い家屋に鉢の置き場などの余分な場所は少なくそれは致し方なかったろう。

サボテンじゃいわゆるウニサボテンの短毛丸・金盛丸・花盛丸。

柱サボテンの金紐・白檀、ポコポコ仔吹きして群生する金毛丸。
盆栽の平鉢に植えてちょうどいい草姿、これらは案外と根が浅く平たい鉢に植え付けられる。

やたら仔吹きしまくって鉢からはみ出し、仕方ないので近所におすそ分け。
結果、向こう三軒両隣に同じタイプのサボテンだらけ。

中にゃどっかの植木屋で買って来たらしい風情の「接ぎ木物」。
真っ赤な緋牡丹を三角柱や黄大文字・袖ヶ浦に接いであって、路地裏を歩いてても鮮やかさでひと際眼を引いたものだ。

多肉じゃ、現代もあっちこっちに植えられてる木立アロエ、エケベリアの七福神、グラプトペタルム朧(おぼろ)月、中型のアガベ類。
深い軒下にゃガステリアの虎の巻・墨鉾や小型変種の子宝。

今と違って種類は限られてたけど、それぞれ日本家屋の隅っこに置かれ少ない日照を巧みに当てて枯れさせもせず上手に栽培していたものだ。

用土だって現代のように園芸店・ホームセンターへ行きゃぁどんな種類の土・腐葉土が買えるような時代じゃない。

その辺の原っぱ・空き地で掻き出して来た泥(ドロ)で植え込んで、それでも根腐れが頻発した話などあまり聞かなかった。
まぁ、どんな用土でも栽培できるような剛健種だけが「人為淘汰された」とも云えるけど。


そんな路地裏の貧弱な棚に飾られてたサボテン多肉たちにノスタルジーを感じるのは小生だけだろうか。

古き良き時代を忘れるのは「未来を見据える」現代人の美徳。
いつまでも昔を思い出して懐かしがるなど未練たらしい老人の繰り言。

「もっと将来に希望を見出して前向きに生きるべきだ」

これがキョービの日本人の最大公約数的意見なのだろう。(どっかで聞いた風な能書きだが)
まぁ、それに否やを唱える気もないけど。


紅顔の美少年?も歳を喰っちまった、ってことだろうね。


「昭和は遠くなりにけり」ってネ。



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