久しぶりに光が柔らかい昼下がりに,鋸はやってきた。
段ボールで無造作に包まれたその荷物は、
送り状にただ「のこぎり」と書かれただけで、
開いてみると洗いざらしの手ぬぐいが1枚、
鋸を抱くように同封されていた。
主人の道具を、皆さんにお分けするために整理しているのですが、
先に宜しければ鋸をお送りしたいと思うのです。と、
奥様は囁くように言われた。
私は、何を言っていいのか言葉が出ないままお譲り頂けるなら、
何でも構いません。と答えた。
そして思いつくままに思わず、
親方が使っておられた手ぬぐいが遺っていれば
汚れていても構わないので頂けないでしょうかと、
無理なお願いをした。
骨壷を入れる袋と、棺の中に入れたので、
もう殆ど残っていないのですが、
道具袋の中に2枚だけあったはずですのでお送りしますと、
奥様は言われて私は、残り少ない事を知り狼狽した。
なんという、お願いを口にしてしまったのか。
植木屋が、命と体の次に必要な道具。鋏と鋸。
その内の一つが、私の手元に来る。
窓辺に蹲り、鞘から鋸を引き出す。
真っ黒になった柄は、持ち主の指の痕が染み付いたように見える。
何度も目立てに出しただろう刃先は、
次の木の幹に食い込む支度を既に終えて、
私の吐息の先で煌めいた。
使い込むうちに割れてくる鞘を、
黒いビニールテープで何度も修理していた姿を思い出す。
腰から下げるためのロープが持ち主が違うことに気づいて、
私の指の中で硬直している。
私は明るい日差しの中で、
東京出身の親方らしい
江戸好みの小紋の手ぬぐいを握りしめながら、
ただただ涙を流す他に、何も知らない。
大切に使われ続けて木々の魂も入ったお道具親方の手のぬくもりもきっと芯に残っているでしょうね 宝物ですね hiroでした
返信するhiro様
返信する使いこまれた道具が発する気迫に押されて
柄を握る事すら、気後れする程でした。
良い仕事をするしかないですね。
ありがとうございます。
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