紙魚淑女さんの園芸日記
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紙魚淑女さん  東京都
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芽摘みの冬

2017/02/18
芽摘みの冬 拡大 写真1 芽摘みの冬 拡大 写真2 芽摘みの冬 拡大 写真3

その時の私はただただ「何か」を探しているだけだった。
その「何か」がなんなのかはわからず、
どうしたら見つかるかもわからず、
むしろその「何か」を欲しているのかさえわからない。
そんな時だった。
友人の父上が盆栽を生業にしていると知って、
友人に頼み込んで家に押し入り作業場へ上がり込んだ。

盆栽を生業にするつもりではない。
それどころか、何が目的だと問われても困るような状況だ。
前日に本屋で買い求めた自分の好む日本庭園の写真集を1冊持って
話だけでもと座り込む。
「弟子をとる気はない。勉強したいなら自分でするもんです。
それでも来るなら来ればいい。勝手になさい」と
髭熊氏は松の芽をピンセットで抜きながら仰った。
「勝手にしなさい」
次の日から、弁当をぶら下げのこのこと出掛け
「何かやることはありますか」と問う。
其処ら辺の草抜きをしろと言われて、
芽吹き立ての小さな小さな雑草まで抜き尽して、
また「何かやることはありますか」と問う。
呆れ顔の髭熊氏は仕事用のハイエースの中に回転台を置き
大きな黒松を一鉢載せて、
「3芽残して全て摘みなさい」と仰った。
1鉢を完成させるのに丸2日かかった。

昼食時には髭熊氏は自宅に帰ってしまうから作業場を借りて
背中を丸めて弁当を食べていたら、
奥方がコンビニのおでんとコーヒーを差し入れて下さる。
「寒くないの。辛くないの」と心配して下さるが
こちとら「勝手に」押しかけた身である。
恐縮しながら、
ハイエースの中の盆栽が春になったらどうなるのかを
ぼんやり夢想した。

何日押しかけたのか、覚えていない。
私が芽を摘ませてもらったのは、何鉢だったかすら覚えていない。
一鉢を完成させ、掃除をして髭熊氏に声をかける。
その繰り返し。
どうにか潜り込んだ次の行先へ引っ越しが決まっていたので
何を区切りにしたか忘れたがお礼を伝え、
その春に私は育った街を去った。
京都で盆栽の展覧会があると、髭熊氏は私の電話へ連絡をくれて
私は美術館へ自転車で出掛けて挨拶をした。
恐る恐る「あの時の黒松はどうなりましたか」と聞いたら
「まだ枯れとらんわ」と笑われた。
奥方が出向いてこられると、私を食事に誘ってくださって
御馳走にもなった。

4年目の春に私はさらに引っ越しをして東京へ出た。
東京では世界最高峰の展覧会があり、その冬にまた連絡を頂いた。
慣れない地下鉄を乗り継いで会場へ出掛けた。
業者達で集まって夕食をするのに同席させて頂き、
隅っこで小さくなっていたら髭熊氏が私を指して仰る。
「この子はな私の唯一の弟子ですわ」

絶句した。

「松を摘ませたらね、1枝残らず綺麗に綺麗に摘みよるんよ。
あんた、3芽残して全部言われてもそんなん出来まぁが?
この子はね、それをやりよるんじゃが。」

私には「何も」無い。
「何か」が欲しいけれど「何が」欲しいのか
「何が」足りないのかわからない。
「何が」必要なのかも見えてこない。
摘み続けた黒松の枝先に、何かを見付けた訳では無い。
一人で続けた作業の果てに、何かを得られた気もしない。
未だにどの盆栽が良くてどれが良くないのか、
それすら分からないプラスチックの目玉のままで。
髭熊氏は「去年よぉけぇ売ったから、あそこに飾ってあって
ええヤツは、全部うちからのじゃと思って見たらええ」と仰る。

ただただ愚直に「勝手に」生きるしかないのだと思いながら、
今年も国風展に赴く。


2017年東京都美術館 国風展にて

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