オースチン氏の悲報に接し、今までの交流が昨日のように思い出されて来ました。
私のイングリッシュローズとの出会いは、1987~8年イギリスで、です。
その頃グラハム・トーマス、メアリー・ローズとご縁があって育て始めたのがはじまりです。
その後正規で国内販売が始まると、留まる所が無かったです。
その頃、イングリッシュローズのカタログや海外の文献を見ますと、シュロップシャーのイングリッシュローズガーデンの写真に
必ずと言っていい程彫刻家の奥さま作出の女神像が写っていました。
一度は訪ねたい所と思って居ましたら、1998.06.25に念願がかないました。
オフィスで初めて彼に会い握手した時の大きい手が今でも手に残っています。
左 しばらく話をしていて、今回お訪ねした目的に女神の像の前で一緒に写真を撮って貰うのが大きな希望ですと言ったら、快くガーデンの中の女神の像まで行き、一緒に撮ってもらったのがこの写真で、私の宝物です。
当時まだデジカメは無く、フイルム写真なので右下に撮影日が入っています。
その後、彼が私の作業場を見せてあげるからと、旧式な温室がある場所など案内してくれて、いろいろ説明してくれて、私もすっかりハイになっていたと思います。
見終わって、オフイスに向かう頃はすっかり打ち解けていて、彼は肩を組むように歩き、「君はバラのハートがわかるナイスガイだ」と言ってくれました。
私にとってこれ以上嬉しい褒め言葉はありません。
帰りがけには彼がサインしてくれた著書まで頂きました。
中 この写真は2005.07.01に行った時ので、この時はパット・オースチンが綺麗に咲いているから、そこをバックに撮ろうと言ってくれました。
右 その後も何度か訪問していましたが、その後病気になったと聞いて居まして、カタログなどには以前の写真が使われ、消息がまったくわからないで居ました。
その後2015年にイギリスのブリーダーやガーデンを見に行く機会があり、オースチンの所は2日取ってありました。
行く前に、オースチンに会いたい旨を再三にわたり行っていましたが、色よい返事はありませんでした。
1日目はテストフィールドや生産現場など見ていて、折に触れオースチンに会いたいと言っても、はぐらかせていました。
2日目行ったら、広報の人が15分間だけ会うと言われ驚きと、嬉しさでいっぱいでした。
お目にかかった場所は、ご自宅のプライベートガーデンで、杖をついてお出でになりましたが、元気そうで以前に会った時と変わっていませんでした。
15分の予定が1時間位話をしてくれました。
これが最後でしたが、とても良い思いでになりました。
ご冥福をお祈りいたします。
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有島先生とオースチン氏の、交流の歴史をお聞かせいただき、ありがとうございます。
返信する改めて、氏と先生が日本のバラ作りに与えたムーブメントの大きさを感じています。
私もイングリッシュローズと出会えなければ、今の生活は全く違っただろうなと思います。
1998年発行のバラの本に、エブリンとグラハム・トーマス始め、多くのイングリッシュローズが掲載されて衝撃を受けたものです。
殆どがカタログから消えてしまいましたが、入手できた幾つかの品種を、これからも大事にしたいと思います。
オースチン氏を偲びながら。
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