久しぶりの休日を、寝倒そうと決めていたのに
朝から同居のモグラが騒がしい。
曰く、遠雨見に行こう。とのこと。
遠雨など見るには季節外れだし、 なにより疲れ果てている。
熟成させた手触り抜群のタオルケットで 頭をしっかり覆って、
どうにか昼過ぎまで惰眠を貪った。
しかし、耳元で「えんう とおあめ えんう とおあめ」と
呟かれ続けると 、頭に中で母音が重なりすぎて、
鼓膜がうまく張らないような気がしてくる。
仕方なしに起き出してみれば、やはり音が遠い。
あまりにも不自然なので、耳の中に指を突っ込んでみたら、
ゼリービーンズが三色とグアバジュースが垂れてきた。
モグラの仕業である。
当の本人はというと、
部屋の隅っこで全身全霊をこちらに傾けつつ、
素知らぬ振りをしてコーンポタージュを飲んでいる。
私が、今晩の風呂上りのちょっと贅沢に
飲もうと心に決めていた コーンポタージュだ。
同居といえども許される行為ではない。
怒鳴りつけてやろうと口を開いたところで
先にモグラが切羽詰まった声で言った。
「 あなた、黒法師がどんなになったか、ご存知ないでしょ。」
昼のテレビドラマに出てくる
生活に疲れた主婦のような口ぶりである。
そんな私は、仕事に熱中するあまり家庭を省みなかった
夫の役回りかと思いながら怒鳴るのをやめて
ベランダに出てみると、
春に植え替えた時よりも二回りは大きくなった黒法師が、
カサカサしている。
よく見れば、他の植物たちも水不足だ。
成る程、なかなか心痛む光景である。
そっと側にやってきたモグラは、
私の脇腹にビロードのような毛並みの頭を押し付けながら
黙っている。
コーンポタージュのパックは開けられても
水道の蛇口をひねることの出来ないモグラにとって
この光景が続いた毎日は、なかなか心苦しかったのだろう。
「遠くで降る雨を見ながら、ずっと
こっちへ来いこっちへ来いと思うのに、来ないのです。」
小さなモグラの囁き声を聞きながら、
これはこれなりに、日々を苦悩しながら
生きているのだなと思った。
植物に水をやり、久々に部屋を掃除して
溜まりに溜まった衣服やらシーツやらを洗濯すれば
あっという間に、時間は過ぎていく。
西日にはためく洗濯物を取り込んでいると、
遠い街の空に、黒い雲が集まるのが見えた。
ほんの5分ほど霞がかかったように見えたと思えば
もう青空が押し寄せてくる。
遠雨の一部始終は、実に呆気ない。
「どんなに激しい雨が降っても
乾いている処が残っているんです。」と
いやに哲学的な事を言うモグラの心にも、
乾いたままの部分があるのだろう。
もちろん私にもある。
夜半に雷が光りだし、雨が降った。
ずいぶん激しい音を立てている。
モグラが部屋の隅で、その音を聞きながら
ほっとしたような顔をしている。
今年は、雨の足らぬ夏だったらしい。
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