植物や動物を相手にする時のように、
人間相手にもシンプルに付き合いたい、
って、
理想のように言われるけれどそれは本当?と、思ってみる。
こちらがシンプルにすれば相手も、は、机上の空論にすぎないと私は思う。
相手は植物や動物ではない、人間なのだから。
こちらの予測の範囲を超えるかもしれない可能性を、手探りで、怯えながら。
その辛くまだるっこしい過程を嫌がるようなひととは、けっきょく、続くことさえ稀。少なくとも私の知る限りでは。
よく、「自然体で生きる」をうたったセミナーの話を聞くけれど、これまた私の知る限り、そこで「その生き方に目覚めた」人たちがセミナーの外の人たちと自然体で付き合えている話はないような気がする。「生き辛い現世」と「自然体でいられるセミナー」があるだけで。
それは結局、きわめてクローズドな「付き合える関係」を新たに作ったというだけで、その関係のあり方が外部に応用できないのであればそれは普遍的なものではないということではないか?とどうしても思う。
であるなら、「人間相手にシンプルに付き合いたい」という前提そのものがおかしいのだろうと考えてみる。
案外すんなりわかる、ような気がする。
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本業がワイドショーのお陰でメチャメチャだぁ……😞💨
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