日本一の球根マニアって本当!? 小森谷 慧さん、実はこんなすごい人だった!<後編・最大のピンチ>趣味の園芸10月号こぼれ話
ウェブサイト「みんなの趣味の園芸」だけで読める連載「テキストこぼれ話」。『趣味の園芸』テキストの特集に登場した、講師の方にインタビューします。専門家の方だけが知っているおもしろい情報が満載です。
『趣味の園芸』10月号「今、注目の球根植物&宿根草」のなかで「この秋絶対植えたい球根ベスト3」を執筆した小森谷 慧さん。前編では、小森谷さんが球根栽培にハマるきっかけとなった出来事を中心にお話しいただきました。
後編では、まるで冒険家のような若き日の小森谷さんのエピソードを紹介。インドでの忘れられない思い出について聞いていきます。
編集部(以下、編):65年にもわたる園芸人生のなかで最大のピンチはなんですか。
小森谷 慧(以下、小):40歳のとき、ハエマンサス ムルティフロラスの球根を出荷しようと思って倉庫へ行ったら、全部腐っていたことがありました。
編:それは大変ですね。
小:タキイ種苗のカタログの春号にそれを載せてもらっていたので、何としても仕入れなければなりませんでした。慌ててオランダのナーセリーに問い合わせたのですがとても高価で、聞くとインドから輸入しているとのことでした。
その時ふと、以前から知っていたインドのプラダン氏を思い出して、電報を打ちました。すると、ムルティフロラスはいくらでもあると言う。それで、どのくらいの距離があるかも考えず、インドへ飛び出したのです。
編:すごい行動力ですね!
小:プラダン氏のナーセリーはネパールとの国境付近、ダージリン近くのカリンポンにあるとのこと。ダージリンまではなんとか辿りついたのですが、そこからが大変でした。カリンポンは自治区みたいなところで、ビザを持たない私(と同行した通訳者)は入れないと言われてしまった。検問所の中で、ここまで来た理由を何時間にもわたって繰り返し説明しました。すると根負けした係員が手書きで2人分のビザを作ってくれた。このときばかりはどうなることか、途方に暮れました。
編:前回に引き続き、またものすごいエピソードですね。
小:晴れてカリンポンに入れたはいいが、プラダン氏のところに行くまでがまた大変でした。オンボロのタクシーで向かうのですが、下り坂になると、思い切り足をつっぱり、手は車の天井部分を支えにして前にのめり込むのを防ぐのがやっと。横を見るとすべて底なしの谷間だし、こんなことを繰り返して2時間、目的地にたどり着きました。
若き日の小森谷 慧さん。
小:現地は完璧な山岳地帯で、平地は皆無に思われました。標高1,000メートル以上あったと思う。なにしろエベレスト級の山々が連なる地帯ですから。何もないところでタクシーが止まり、運転手が降りて、ここだと言う。何もないじゃないかというと、はるか下に屋根のようなものが見える。
編:・・・スケールが違いますね。
小:下まで降りていくと孫を抱っこしたプラダン氏が悠然と出迎えてくれました。数人の女性たちがブラシでハエマンサスの土を落としていました。この作業が3日間くらいかかるというので、その間昼食を出してくださったのですが、驚きました。ドライカレーなのですが、米の中に石が混ざっていて、まず口の中で石を選別してから食べるのです。プラダン氏のところに泊めてもらうことはせず、夜はダージリンのホテルに戻りました。このホテルのカレーがおいしくて、毎日片道2時間かけて往復する始末でした。
編:一生忘れられないカレーになりそうです。とにかく球根にまでたどり着いたわけですね。
インドのカリンポンにて。右からプラダン氏、小森谷さん、ポーターの2人。
小:球根のブラッシングは結局5日ほどで終わり、どんごろす(南京袋)の荷造りができたのですが、2人で手荷物重量制限100kgのところ、120kgと20kgオーバーしていました。幸いなことにプラダン氏の姪がキャビンアテンダントをしていたため、彼女のフライトに合わせて搭乗することにし、無事飛び立つことができました。
編:それはまた幸運ですね。
小:成田に到着した球根は、長旅で青カビが生えていましたが、全部税関を通過しました。あとでタキイ種苗の駒本氏にこのことを話したら、すごい責任感だなと言っていましたよ。
編:普通はそこまでしないのではないでしょうか。
小:若くて体力もありましたし、毎度のことなので、後先考えずにやってみようという感じでした。今ではいい思い出です。
編:お話しどうもありがとうございました。小森谷さんのものすごさがきっと読者のみなさんにも伝わると思います!
<終わり>
前編はこちら<新星現る!小森谷 慧さん、実はこんなすごい人だった!>
小森谷 慧(こもりや・さとし)
園芸研究家/千葉県で球根植物、切り花などのナーセリーを経営。17歳から育種を始め、球根植物は育種、生産、販売を手がけて65年。世界中の球根マニアが憧れる日本生まれの品種を多数作出している。
『趣味の園芸』テキストの特集に関連して、担当編集者による講師へのインタビューなどをウェブ限定で公開します。(毎月2回更新予定)