ワイン用ブドウ品種の知られざる味わいと、ローカルワインの楽しみ<後編・東京の個性をワインで表現したい>『趣味の園芸』8月号こぼれ話
ウェブサイト「みんなの趣味の園芸」だけで読める連載「テキストこぼれ話」。『趣味の園芸』テキストの特集内容に関連して、誌面で紹介しきれなかった情報をお届けします。
今回はテキスト8月号特集の記事「東京のブドウでワインをつくる」で取材させていただいたワイナリーの経営者、越後屋美和さんに、前編に引き続きワイン用ブドウ品種についてお聞きしました。 ぜひ、誌面とともにお楽しみください。
編集部(以下、編):ふだん私たちは果物としてブドウを食べるだけなので、ワイン用のブドウを食べることはほとんどありません。せっかくの機会なのでお聞きしたいのですが、ブドウの品種ごとに、食べた場合の味わいの特徴と、ワインにしたときの特徴に大きな違いがあるのかどうか。そのあたり、レクチャーしていただけますか。まず、生産量が少なくて希少種といわれる'高尾'はどうでしょうか。
越後屋(以下、越):'高尾'はもともと生食用で、ワイン専用品種ではありません。食べてみると、そうですね、一言で表現するのは難しいけど甘さと酸味のバランスがとれていて、やや濃厚な感じがします。黒いブドウですが、大粒で果肉の部分が多くて相対的にタネや皮の比率が下がるため、ワインにするとロゼになります。イチゴやチェリーの香りがふわっと感じられるチャーミングなロゼですよ。
収穫適期の'高尾'。
編:なんだかお話をうかがっているだけで飲みたくなりますね。困りました(笑)。では、同じ日本のブドウで、ヤマブドウはどうでしょうか。
越:食べてみると甘みもありますが、酸味が強いのが特徴です。ただ、タネが多くて食べにくいのが玉に瑕ですね。面白いのは、食べるぶんには特に野性的な感じはしないのに、ワインにすると野性味が現れてくることです。世界標準のワインの味とは違いますが、私は好きです。
編:そうなんですね。ヤマブドウのワインはあまり馴染みがなかったのですが、普通につくられているのでしょうか。
越:ええ、たくさんあって、全国的につくられていますが、多いのは東北地方以北です。ただ、実が小さいので、どうしても価格が高くなりがちです。それでも、地方では好まれる方が多いと思います。
編:なるほど。次は日本のブドウではありませんが、青果としては昔から最も一般的な'デラウェア'はどうでしょうか。
越:'デラウェア'はとても面白いんです。青果の'デラウェア'はジベレリン処理をしてタネを無くしますが、ワイン用として栽培する場合は無処理でタネをつけてつくります。タネがあるほうが甘みも酸味も乗ってくるんです。'デラウェア'は、食べるとどことなく飴っぽい甘さがあるじゃないですか。ワインにすると甘みは消えるけれど、あの飴っぽい香りは残るんです。だから辛口でスッキリ飲めるけど、香りは甘い感じがする。フルーティーで、お花のような香りの白ワインになります。一方、果肉だけでなく皮やタネも一緒に発酵させると、わずかにオレンジ色がかって、味や香りも単なる白ワインとは少し変わるんです。そこが面白いところです。やや重くなって、スモークっぽさが出て、どこかリンゴのような味もします。
越後屋さんのお店にはカフェ・スペースもあり、'デラウェア'を使ったワインをはじめ、何種類もの銘柄を店内で楽しめる。
編:最近'デラウェア'は青果売場であまり見かけないような気もしますが、ワインとしては可能性がありそうですね。
越:そうですね、さらに'デラウェア'が面白いのは、土地の個性がはっきり出るところです。例えば、山形の'デラウェア'でつくられたワインはスッキリとした飲み口で、独特の飴っぽさが残りながらも上品な香りがします。一方、例えば山梨の'デラウェア'でワインをつくると、もっと飴っぽい香りが強く残ります。どのブドウもある程度は土地の違いがワインの味にあらわれますが、'デラウェア'は、ワインになるとその違いがよりクッキリと出てくる気がします。全国で栽培されているので、その土地の個性が出て面白いですよ。
編:自粛の期間が長かったから、そんな興味深いお話を聞かされると旅に出たくなってしまいます。そして、越後屋さんのお話を伺っていると、ヨーロッパのワイン専用品種だけをワイン選びの基準にしていた自分が可哀想に思えてきました。これからはもう少し選択肢をふやしてみます。最後に、何か新しい可能性を感じている品種があれば、お聞かせください。
越:そうですね、その前に、ヨーロッパのワイン専用品種は、あれはあれで美味しいので今までどおり楽しんでくださいね(笑)。その上でお話しすると、ヤマブドウが面白いと思っています。私はヤマブドウで日本の赤ワインの未来をつくりたいんです。
ヨーロッパ系白ワイン用品種の'リースリング'。
編:おお! どういうことでしょう。
越:日本でもヨーロッパ系の品種でつくられた質のいいワインがふえていて嬉しいのですが、それでも気候の限界は超えられない気がします。特に赤ワインは、どうやっても向こうでつくるようなフルボディの重量感に満ちたワインにするのは難しい。ならば、無理にそこを目指さなくてもいいのではないか。まったく別のベクトルで、とても美味しい日本独自の赤ワインをつくれないものだろうか、と考えています。'小公子'というヤマブドウの交配種や'ベーリー・アリカントA'という品種を使って、今までの評価基準を書き換えるような素晴らしい赤ワインをつくるのが夢です。
編:ワクワクしますね。そのワインを飲める日をいつまでも待っています。今日は興味深いお話、どうもありがとうございました。
越:いえいえ、どういたしまして。でもまだ話を締めないでください(笑)。最後にもう一つだけいいですか? これも大事なテーマなので。
編:おおお! どういうことでしょう。
越:ある意味ではこれが私の立脚点かもしれません。ここ東京で育てたブドウたちのブレンドで、東京オリジナルのワインをつくることです。東京のブドウだけで、この土地の特徴を最大限に表現したワインをつくりたいんです。すでにいくつか商品化してはいますが、今後もこのテーマを突き詰めていきたいと思っています。ブドウが土地の恵みだとすれば、東京で育ったブドウたちでつくったワインこそが東京のワインということになりますから。品種の個性があらわれたワインもいいけれど、東京という土地の個性をそのままワインにして、皆さんに楽しんでもらいたい。これが私の生きる道(笑)です。
編:お後がよろしいようで。いや、真面目な話、テロワール(フランス語で「土地の個性」「土地の生育環境」などを表す)という言葉もありますが、土地の個性を抜きにして作物は語れない、ということですね。新しい東京オリジナルワイン、楽しみにしています。
<終わり>
越後屋美和(えちごや・みわ)
ワイナリー経営者。玉川大学農学部を卒業後、青果や花きを扱う仲卸の大田市場に勤務。山梨大学のワイン科学研究センターや広島の酒類総合研究所、山梨県のワイナリーなどで2年間ほど学び、2014年に醸造免許を取得。同年、練馬区大泉学園町に東京初のワイナリー「東京ワイナリー」をオープン。
「テキストこぼれ話」では、『趣味の園芸』テキストの特集に関連して、担当編集者による講師へのインタビューなどをウェブ限定で公開しています(毎月2回更新予定)
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「東京のブドウでワインをつくる」(p.34~)では、都内でブドウ栽培に奮闘する越後谷さんを取材。まちなかワイナリー物語をお届けします。