新種の雪割草(ヘパティカ)発見秘話~連載「ディーププランツ入門」3月号こぼれ話 最終回
1年間にわたって園芸の深さ(のほんの一部でも)を伝えるべく連載してきた「ディーププランツ入門」もついに最終回。
『趣味の園芸』3月号では、世界の雪割草(ヘパティカ)の原種について、園芸研究家の大野好弘さんに紹介してもらいました。誌面に入りきらなかった大野さんと雪割草の出会い、新種の発見秘話を、こぼれ話として公開します!
雪割草との出会いからアシガラスハマソウの発見まで
大野さんは2012年にアシガラスハマソウ(Hepatica nobilis var. japonica f.candida)、2016年にザオウスハマソウ(H. nobilis var. japonica f. zaoensis)を発見。日本のヘパティカの遺伝子解析や新たな分類にも関わっています。そんな現在までにいたる大野さんの歩みと、新種発見の経緯についてお話をうかがいました。
――大野さんは、どのような経緯で雪割草に出会い、のめりこんだのでしょうか?
大野:元々昆虫採集や魚、植物など生き物全般が好きな子どもでした。小学校6年生のころにはスミレが好きで、当時入手できる種はだいたい育てました。雪割草との出会いは近所の園芸店です。最初はきれいだなと思って集め始めたのですが、中学時代にボロ市で、雪割草の研究で知られる岩渕公一さんと出会って感銘を受け、中学・高校時代は、冬休みになると新潟の岩渕さんのところまで行き、品種改良や栽培についてたくさん勉強させてもらいました。
――岩渕先生には、編集部も大変お世話になっています。岩渕先生との大きな出会いがあったんですね。その後はどのようなことをされていたんでしょうか?
大野:植物関係の専門学校を卒業後、蓼科のバラクライングリッシュガーデンでガーデナーをしていました。その後しばらく仕事は植物からは離れていたのですが、趣味で雪割草の栽培は続けていました。そんなとき、まだヘパティカの自生地が確認されていなかった神奈川県箱根付近で、それらしき葉を見たという情報を得て、2012年に自生地を探しに山の中に入りました。見つからなければまた来ればいいか、という気持ちでいましたが、幸運にも一回目で花を発見することができました。葉の特徴や強い香りから、新種だと確信し、地元の博物館にも見てもらい、アシガラスハマソウと命名し、学名には「純白な」という意味の「キャンディダ」をつけてHepatica nobilis var. japonica f.candidaとして発表しました。
自生地のアシガラスハマソウ(撮影:大野好弘)
原種への目覚めとザオウスハマソウの発見
――アシガラスハマソウの発見後、自生地の近くに引っ越されたんですよね。
大野:はい。その生態などをもっと詳しく知りたいと思い、自生地に近い南足柄市に移住しました。夏にさんさんと日の当たる場所に自生しており直射日光に強いヘパティカなので、その性質をうけつぐ交配種を作れればと思っていますが、いまのところスハマソウやミスミソウと交配してもタネができません。またアシガラスハマソウを発見してから、ヘパティカの原種にも目を向けるようになり、キルギスにファルコネリ(H. falconeri 最も古いタイプと考えられるヘパティカ)の自生地を見に行ったり、ヨーロッパにノビリス(H. nobilis var. nobilis)の自生地を見に行ったりするようになりました。
――そして2016年に、今度はザオウスハマソウを発見されたんですよね。そのときのことも教えてください。
大野:スハマソウは標高の低い里山に自生するとされていますが、東北の標高の高い山中でキノコ狩りをしていた友人がヘパティカらしき植物を見たと聞き、2016年の4月に、雪の残る蔵王山系に入りました。標高700m付近で、葉が大きく毛が生えていて、花も大きくておしべがよじれる独特のヘパティカを発見し、ザオウスハマソウ(H. nobilis var. japonica f. zaoensis)と命名しました。
ザオウスハマソウ(撮影:田中雅也)
――数年間でアシガラスハマソウ、ザオウスハマソウを立て続けに発見されたわけですが、今後まだ見つかっていないものがありそうな地域はありますか。
大野:国内だけでなくたとえばヨーロッパでも、自生地と自生地の間の空白地帯に、まだ発見されていないヘパティカがあるのではないか?と考えています。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ海外での新種発見もしたいと思います。
アシガラスハマソウの花のアップ(撮影:福田 稔)
3月号の「ディーププランツ入門」では、アシガラスハマソウ、ザオウスハマソウを含め18種とされる雪割草(ヘパティカ)の世界の原種のうち13種を写真入りで紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。
* ヘパティカ属(スハマソウ属)は、アネモネ属(イチリンソウ属)に分類されることもある。この記事の分類・学名は国際雪割草協会に準じている。
教えてくれた人
撮影:坂本晶子
大野好弘(おおの・よしひろ)さん
園芸研究家/1973年、神奈川県生まれ。雪割草をはじめとする山野草やコケの専門家。さらに陰日性サンゴという特殊なサンゴ飼育の第一人者でもある。『コケを楽しむ庭づくり』(講談社)、『雪割草の世界』(エムピー・ジェー)、『ザ・陰日性サンゴ』(誠文堂新光社)など著書も多い。
★ディーププランツ入門 こぼれ話
2020年4月号~2021年3月号まで『趣味の園芸』テキストで連載した「ディーププランツ入門」。誌面に収まりきらなかったこぼれ話をウェブで公開! 特定の植物を深く愛する人たちに、その植物の魅力を教えてもらいました。これまでのこぼれ話は、引き続き以下からご覧いただけます。